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日本各地の良いものをパリでずっと伝え続けたい

株式会社エニス

PROLOGUE

日本各地の豊かな自然と多彩な生活文化の中で古くから育まれた地域産品は、日本人の繊細な技と美意識が詰まった、まさに「日本の魅力(クールジャパン)」の象徴と言えるだろう。そんな日本の地域産品を、美しいものへの畏敬の念にあふれたパリの街で発信している一人の日本人がいる。「SAS ENIS(株式会社エニス)」代表、塩川嘉章氏だ。「縁(えにし)」に由来するというその名の通り、塩川氏は日本の地域産品とパリ、そしてヨーロッパの人々との縁を結んでいる。2015年11月、クールジャパン機構は同社への約1億円の出資を決定した。日本の地域産品は現地の人々にどのように受け入れられているのか。塩川氏に話を聞いた。

(※掲載されている情報は取材時点(2016年2月)。敬称略)


PROFILE

SAS ENIS(株式会社エニス)
代表取締役社長
塩川 嘉章Yoshiaki Shiokawa

塩川 嘉章

1970年生まれ。1992年、早稲田大学第一文学部美術史専修在学中に1年間のフランス留学。卒業1年後に再び渡仏し、ポワチエ大学美術史学科修士課程に在籍。2005年、勤務先の仏系会社代表取締役社長に就任。2011年、主に日本の地域産品をフランスおよびヨーロッパ全土に紹介・販売するための拠点として、共同出資者とともに有限会社ISONOを設立し、1店舗目「Discover japan paris」オープン。2015年9月、2店舗目「Maison WA」オープン。同年11月、社名を「SAS ENIS」に変更。

chapter1 県も生産者も一体となって地域ブランドを売り込む
「SAS ENIS」の店舗はパリ中心部1区に2つ。オペラ座やルーブル美術館にも近く、人通りも多くて賑やかな一等地だ。2011年10月にオープンした最初の店舗は広さ60㎡ほど。これまでに数々の日本の自治体や関係団体と協業し、ショーケースとして地域産品を展示・販売するとともに、50回以上のプロモーションイベントを実施してきた。2015年9月には2店舗目をオープン。広さを3倍に拡大し、バイヤーとじっくり話す商談スペースも設置した。いずれの店舗でも、イベント毎にテーマを設け、地域産品が正しく美しく伝わるように演出をしている。
Q.
どのようなプロモーションイベントを行っているのでしょうか。
塩川
イベントには2~3週間の期間を設け、現地のバイヤーや消費者、メディアの方々にその魅力をじっくりと丁寧に伝えるようにしています。大事なのは、商材を消費者目線で並べるということ。よく自治体は域内の全ての商材を持ってきて並べようとしますが、折角の良さが伝わらなければ意味がない。だから、私たちはイベント毎にテーマを設けるなどの工夫をしています。

例えば、美濃焼や包丁が有名な岐阜県とは「食卓の風景」というテーマでイベントを実施しました。特産品の和紙はランチョンマットに、プラスチックはコースターに使いました。それがとても好評だったので、岐阜県とは2回目に「包む」というテーマで行いました。和紙を用いた包装紙や折り紙を紹介したんです。
Q.
佐賀県の有田焼のプロモーションにも力を入れていらっしゃいますね。
塩川
佐賀県とはこのビジネスを始めて2年目くらいから、強いパートナーシップを組みました。その甲斐もあってか、「ARITA」というブランドはだいぶ現地に浸透してきたと思います。まだまだ他地域の陶磁器と一括りに「メイド・イン・ジャパン」と受け止められてしまうこともありますが。

岐阜県も佐賀県も非常に熱心な職員の方がいて、彼らと信頼関係を築けたことが大きかった。また、県内の事業者同士の信頼関係もとても大事ですね。個々の事業者が良いものさえつくっていればいい、というのは海外では通用しません。誰かが評価し、実際に使ってくれて初めて価値が出る。そのためには県も生産者も一体となって一つのブランドを伝えないといけない。岐阜県や佐賀県をはじめ先駆的な自治体は、皆さんの一体化意識が高いと思います。
Discover japan paris

SAS ENISパリ中心部1区の1店舗目

Discover japan parisの外観

1店舗目の外観

Maison WAの外観

2店舗目の外観


chapter2 現地の心に響く商材を、現地の消費スタイルに合った売り方で
地域産品は海外でどんなに高く評価されても、現地で継続して取引をするための拠点やノウハウがなく、結果的にビジネスを確立するには至らないケースが多い。「SAS ENIS」はプロモーションイベント後も継続して、現地の小売事業者との取引や通関・物流などの手続きを代行している。日本とフランス、双方の文化も商習慣も深く理解している塩川氏だからこそできることだ。塩川氏とフランスにはどのような縁があったのだろうか。

美濃焼と有田焼のプロモーションイベントの告知パンフレット(2014年9月)

Q.
パリに20年在住されていますね。渡仏した理由は何だったのでしょうか。
塩川
昔から映画やアートに興味があったので、日本の大学では美術史を勉強していました。そうするとどうしてもパリは憧れの街になる。そこで現地の大学に留学したのですが、卒業後もパリに住みたいと思うようになりました。労働ビザを発行してくれるという理由で、著作権関係の会社でアルバイトとして働き出したんです。まさか自分がその会社の社長になるとは想像もしていませんでしたが(笑)。

結構長い間、自分は本当は何がやりたいのかを考えていたと思います。一つはっきりしていたのは、フランスのものを日本に伝えたいのではなく、その逆だということ。フランスには日本の良いものが全然ないと思っていました。また年を追うごとに、例えばお弁当箱のように日本のものの受け入れられ方が良くなっていると感じていたんです。ちょうど良い出店場所も見つかり、今がチャンスと思って2011年、このビジネスを立ち上げました。
Q.
始めてみて、現地の人々の反応はいかがでしたか。
塩川
思ったよりも良かったですね。売れるものほど沢山仕入れて販売する小売のセオリーに当てはまらない、独特の雰囲気の店と思われたようです。日本のものの受け止められ方も好意的でした。最初は「トラディショナル」と「モダン」の両方のデザインの商材を並べていたんですが、パリの人は圧倒的に前者の方に食いつきました。今は陶器にしても伝統柄のもの、小物でも着物柄のあるものなどを中心に置くようにしています。

日本人とフランス人は、美味しいものや綺麗なものに囲まれて人間らしく暮らしたいという思いがとても似ています。だからこそ日本各地の暮らしから生まれた多彩な地域産品がパリの人の心にも響くのでしょう。しかし、フランス人の普段の生活はとても質素。その消費スタイルを考慮せず、日本基準で考えていると、たとえ共感を得ても全く売れないことがある。だから「SAS ENIS」のような場で一度現地の反応を見て、場合によっては商材や売り方をローカライズすることが必要になってきます。
有田焼はパリの一般展示会に出展(左)後、

有田焼はパリの一般展示会に出展(左)後、
SAS ENIS店舗でバイヤーに商材価値を説明する(右)

SAS ENIS店舗でバイヤーに商材価値を説明する(右)

chapter3 30年経っても愛される店をそこにつくること
フランス人が日本のものを好意的に受け止める理由は、マンガの影響も大きいと言う塩川氏。日本のマンガは登場人物の国籍が分からないものが多く、外国人でも自分たちの物語として読めるからだろうと笑う。人生の約半分ずつを日本とフランスで過ごしたからこそ、両国の類似点も相違点も冷静に見つめることができる。現地のバイヤーからも、日本の自治体や生産者からも頼られる存在となった今、どんな夢を抱いているのだろうか。
Q.
2店舗を抱え、これからどんなことを成し遂げたいですか。
塩川
まずはシンプルに、フランスひいてはヨーロッパで日本の良いものが欲しければそこに行けばいいという店を作りたい。そしてその店が現地の人に愛され、30年経ってもそこにあれば、きっと日本各地の職人やクリエイタ-の方々の処遇が今よりもずっと良くなっているでしょう。

単に売れる店を作ればいいという発想では30年は続きません。例えばパリで35年間、和菓子を売り続けている「TORAYA」という店があります。これだけ長い間同じ場所で商売を続けている背景には、きっと和菓子全体の普及のためにという公共的な意識があったはず。今や毎日のように通う現地のお客様がいて、長く続けてきたことがバリューになっています。私たちもクールジャパン機構の出資を得て、日本のためという意識で取り組んでいます。日本各地の良いものをヨーロッパの人々にずっと伝え続けたい。今はそれが最大の目標です。
ロゴ

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