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日本の食文化を海外へ伝える伝道師として

力の源(もと)ホールディングス「博多 一風堂」

PROLOGUE

店内にジャズが流れるお洒落な空間で、ラーメンとともに日本酒とサイドメニューをどうぞ―。「ラーメンダイニング」という斬新なスタイルでアジアを中心に海外51店舗を展開する一風堂は、博多の小さなラーメン店から始まった。2008年にオープンしたニューヨーク1号店では、今や一日平均850人が訪れる。その実力を携えていよいよ本格的に、これまで外食企業にとって出店のハードルが高かった米国、欧州、豪州での展開に乗り出した。クールジャパン機構はその出店資金などに、約7億円の出資と最大13億円の融資枠を設定し支援することを決定した。単なるラーメン店の枠を超え日本食そのものの魅力を海外へ伝えようとする「一風堂」を運営する株式会社 力の源ホールディングスの挑戦に迫る。

(※掲載されている情報は取材時点(2015年4月)。敬称略。)


chapter1 めざすはラーメンの世界標準
2014年1月、おいしいラーメンを目当てにした客が長蛇の列を作った。場所は日本ではなくパリだ。「パリ・ラーメンウィーク Zuzutto」が開かれた6日間、仕掛人となった「一風堂」はいくつかの有名ラーメン店や焼き鳥店、寿司店と共に、食にうるさいパリの人たちの舌を魅了し続けた。日本人が麺をすする時の音である “Zuzutto(ズズッと)”。フランス人にとってはマナー違反であるこの音をイベントタイトルに据えたことからも、日本の食文化そのものを海外に伝えようとする「一風堂」の心意気が垣間見られる。
山根
日本の麺は音を立てて食べることが自然だし、世界中の人たちも赤ちゃんのときにはすするという行為に抵抗はなかったはずですよね。だから、日本の文化を感じる場所で日本の麺を食べるときは思い切り音を立てて食べて、という僕らのメッセージなんです。単にラーメンを提供するだけに留まりたくないという意志でもあります。その意味でも海外では、日本酒や焼酎、手の込んだつまみも出す「ラーメンダイニング」というコンセプトの店舗もつくっています。常に地域性やターゲットとなる人々のライフスタイルに合わせて、提案するスタイルを変えています。
篠原
開催中は基本的に厨房にいましたが、外に出てフランス人が日替わりのラーメンを楽しそうに食べている空間を見た時は本当に感動しました。あの光景は忘れられません。日本にいると日本の良さを深掘りしないことが多いけれど、僕らがその勉強をしなくてはと強く思いましたね。
清宮
現在、「博多 一風堂」「SHIROMARU BASE」「EXPRESS」の3業態合計で国内91店舗、海外51店舗ありますが、これから海外の店舗数の方が多くなる時が来ます。だからこそ日本を大事にしたい。海外で一風堂のファンになってくださった方が、日本に来て本場の一風堂を体験したら失望してしまった、というわけにはいきません。一風堂が海外で輝くほど日本でも輝かなくては。これからが国内も海外も一番大切な時期です。
山根
これからの勝負は各国の法令や食習慣を踏まえながら、一風堂の作りたいラーメンを世界でどこまで作れるかということ。今までは勢いや個人の力でやってきたことも、これからはそれに頼っているだけではダメですよね。人材教育も国内から有能な社員を送り、現地パートナーとも組んで進めています。絶対に譲れないのは一風堂の理念を世界各国のスタッフにきちんと伝えること。日本人の社員が言葉の壁を乗り越えて直接伝えるようにしています。アジア3ヵ国のスタッフが一堂に会する研修も実施しました。国境と文化を超えたところで、同じ一風堂の仲間を作っていきたいと思っています。
清宮
めざすのはラーメンの世界標準を作ること。おいしいラーメンを出すのは当たり前です。現地のお客様の特性に合わせつつ、日本の良さをどう表現していくか-。それができればラーメンは初めて世界食になります。他のラーメン店と一緒にめざしたっていいと思う。僕らは常に挑戦していきたいと思います。
ロンドン1号店の店内

ロンドン1号店の店内

ロンドン1号店の外観

ロンドン1号店の外観

シドニー店の店内

シドニー店の店内


chapter2 社員たちの「力の源」は会社で語り継がれる言葉
海外展開と一言で言っても、相手は文化も言葉も味覚も異なり、材料の調達一つにしても国内と同じようにはいかない。そんな未知の世界に挑み続ける社員たちのバイタリティとモチベーションはどこから湧いてくるのか。個性もバックグラウンドも全く異なる社員たちに共通する原点は会社で語り継がれる数々の言葉にあった。
篠原
この会社で言葉の力は大きく、会社の方針を示す「五十訓」は毎日スタッフが店で復唱し、アルバイトまで浸透しています。企業理念である「変わらないために変わり続ける」も分かりにくいからこそ、社員それぞれが考えます。僕自身、ずっと自問自答し続けてきました。
山根
海外に事業展開するうえでも、それらの言葉のようにカッコよくありたいという想いはあります。大袈裟かもしれませんが海外に行けば僕らは日本代表。一風堂からラーメンや日本食を説明して日本の良さを表現しないといけないので、下手なことはできないしカッコよく見せたい。
篠原
国内も海外も店舗が増えてくると味やサービスのクオリティを一貫して保つのが大変。そのためにこういう言葉があり、これを語れる人たちをつくっていかないといけないのでしょう。
清宮
言葉の力が強い会社だということは最初から感じました。入社前の面接で創業者の河原に「色々な事業をやっているが、どう見えているのか」と尋ねたら、「今は見えない領域に碁を打っているようなものだ」と言われ、その言葉と河原の表情が頭に強く響いて入社を決めました。右脳と左脳のバランスがとれている人だと思いました。
山根
僕も面接で河原に「海外展開についてどう考えているか」と尋ねたら、「わからないけど、可能性はいっぱいあるよね」と言われたことが入社の理由になりました。戦略があっても続かなくては意味がありません。「可能性」という言葉をキーワードに、やる気と意気込みを強く感じこの会社ならブレないだろうと思い入社しました。
篠原
僕がアルバイトとして始めた1996年、国内3店舗しかなく、一風堂がラーメン屋だとも知りませんでした(笑)。求人で「リニューアルオープン」と書いてあり、それなら皆スタートが一緒だと思って入ったんです。とにかく勢いがあったのでこの勢いを止めてはならないという思いで必死に仕事をしていました。そのときに得た「意志あれば道あり」という言葉は自分の指針としてずっと大切にしています。
清宮
言葉の意味をしっかり自問自答する社員ほど活躍しているというのも事実です。一風堂には「店主会」という独特な暖簾分けの制度があり、個性を持ちつつも一風堂の暖簾を掲げて恥ずかしくない人たち、ブレずに一風堂を表現できる人たちが集まります。この人たちがこれから2020年に向けてとても重要になってくる。彼らが全国にいてくれる安心感はありますね。
人気の赤丸新味

人気の赤丸新味

ラーメンを楽しむ外国人

ラーメンを楽しむ外国人


chapter3 食に関わる人材を世界に輩出できるか
目標は全世界で200店舗展開。目下、今夏のパリ1号店、ロンドン2号店、シドニー3・4号店オープンに向けた準備に邁進中だ。1985年博多での創業以来、一風堂は味・サービスへのこだわりはさることながら、女性一人でも気軽に入れるお洒落で清潔な店舗づくりなど、常に新しいことへ挑戦することで高いブランド力を培ってきた。その挑戦は留まることを知らない。最後に、「どこに到達すれば成功と言えるのか」を聞いた。
篠原
僕らはあまり「成功」という言葉を使いません。大切なのは「店を成功させるというよりも、潰れない店を作ろう」ということ。まずはこれから50年、100年、200年と一風堂がずっと続いていくことが大事だと思っています。あとは「有名になることは簡単でも本物になることは難しい」という言葉のように、何が本物なのかを追求していくことですね。正解はないのでしょうが。
山根
「成功」と言えば完成形になってしまうので使いたくないのですが、マイルストーンという意味では一つは海外で暖簾分けが成立して、現地の人が店主になることです。それはラーメンがその土地に根付いたことの象徴。もう一つは、ラーメンの伝道師ではなくて、日本食の伝道師になることですね。日本の食文化を海外に伝える最先端でありたいと思っています。
清宮
一風堂としてのゴールの一つは、自分が死んでもその先もずっと一風堂が世界中で残り続けること。会社としてのゴールの一つは、食に関わる人財をどこまで世界に輩出し続けられるかということです。そこに僕らが農業法人を経営している意味があります。農業をやっている意義をこれからどう表現していけるか-。僕らはラーメン屋であり、飲食業の一企業ではありますが、そこに留まるのではなく食の分野で日本の魅力を世界へどう伝えていくかに取り組んでいきたいと思います。
一風堂ロゴ

PROFILE

株式会社 力の源ホールディングス 代表取締役社長
清宮 俊之Toshiyuki Kiyomiya

清宮 俊之

1974年生まれ。大学卒業後、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)に入社。15年勤めたのち、「40歳になる前に自分の力を試したい」と、ラーメンの博多 一風堂を運営する力の源カンパニーに転職。人事、執行役員を務め、その才能をオーナーである河原会長に評価され、入社3年目にして代表取締役社長に抜擢される。

株式会社 力の源カンパニー 取締役
篠原 猛Takeshi Shinohara

篠原猛

1977年生まれ。大学入学直後から、学費を自力で稼ぐために、一風堂大宰府インター店の前身の「爽風亭」でアルバイトを始め、卒業後、力の源カンパニーに入社。入社後1ヶ月の23歳で天神店の店長に抜擢された最年少記録をもつ。2010年暖簾分け店主第1期生として独立し、株式会社STAY DREAMを設立。一風堂銀座店と札幌狸小路店の2店舗の経営者と力の源カンパニーの取締役の2つの顔を持つ。

Chikaranomoto Global Holdings Pte. Ltd 取締役
山根 智之Tomoyuki Yamane

山根 智之

1977年生まれ。アメリカやベルギーの大学、大学院を経て、2010年フランスHEC経営大学院MBAを卒業後、海外事業部マネージャーとして力の源カンパニー入社。持株会社体制への移行にあたる組織構築や海外事業開発に従事。Chikaranomoto Global Holdings Pte. Ltdは海外事業の統括会社。

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